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2007.04.11 Jugend_1
小学生の頃はプロ野球選手になるのが夢でした・・・


小児喘息を持っていた僕の身体を鍛えるため、母は息子である僕に野球を勧めた。
自分もそれで喘息が治るなら・・・と思い、野球をやることに決めました。

入った野球チームは通っていた小学校ではなく、自転車で30分くらい走ったところにあるグランドで練習しているチームでした。
なのでメンバーは知らない子ばかり。

それでも小学生同士。
すぐに仲良くなれたし、毎週末練習に通うのが楽しみになっていました。

チームに入った当初、僕は右投げ用のグローブをつけていました。
親は左利きである自分を右利きに矯正したかったようで、物心ついた時には箸や鉛筆を持つ手は右手になっていました。

しばらく右手用のグローブで練習に参加していましたが、エラーした時にボールを拾いに行き、キャッチャーへ返球する時には、グローブをはずして左手で投げるようになっていきました。
自分では左で投げる方が楽だし遠くまで投げられるからだったんでしょうね。

そこで初めて自分が左利きだという事を確信しました。

最終的にはチームのコーチが母親に話をしてくれ、左用のグローブを買ってもらいました。凄く嬉しかった。。。

左投げという事でピッチャーをさせてもらったけど、実際やってみると投げる球は遅く、コントロールも悪くてとても将来プロになれるようなものではありませんでした。

それでも学校では

『将来阪神に入って、俺が投げてバースが打つねん』

なんて事を、友達の前で恥ずかしげもなく言っていましたわ。
自分はいつか上手くなる・・・とか思ってたんですかね(苦笑)。
試合なんかで投げると、四球出しまくりでしたよ。
ストライクを投げられる友達やプロの選手って凄いなぁって、心から思っていました。


そんな中、ハンドボールというスポーツに出会ったのは小学4年生の時でした。

通っていた小学校では5年生になると週に1度、放課後にクラブ活動(スポーツ)と部活動(文化系)をする事になっていました。

ちょうど4年生の時に放課後運動場でたまたま見かけたのがハンドボール部。

当時休み時間や放課後になるとクラスの友達と一緒にドッヂボールに明け暮れていたので、ハンドボールというスポーツにすぐ興味を持つようになりました。

「ドッヂボールと似てるやん」

ってなもんだったんでしょうね。


5年生になったらハンド部に入ろうとすぐに決めました。
友達にも、『一緒にやろうなー』なんて話をしていました。

が、5年生になり、どのクラブ活動をやるか決める時・・・ハンドボール部は予想以上の人気でした。
女子はソフトボール部が大人気で・・・。

入部希望者が多く、公平にジャンケンで勝負。
当時から勝負所に弱かった僕に8分の3の確率は低すぎました。
あえなく勝負に敗れた私はバスケット部に入る事になりました。
バスケットは兄が中学・高校でやっていたのですが、自分は苦手だったようで・・・。
シュートが上手く打てなかったんですね。
背が低くて手も大きくないし、何より不器用(今もです)だったもんで。。。

ちなみに部活動では「放送部」希望だったんです。
お昼休みに音楽かけたりするのに憧れていたんですけどね・・・こちらもジャンケンで負けちゃって、「図書部」でした。

5年生だった1年間は、ホント我慢我慢でした。


翌年6年生になっても再びじゃんけんでした。
今度は確率6分の3だったかな。

今度は何とかジャンケンに勝つ事が出来、私は無事ハンドボール部に入部する事が出来ました。
ちなみに部活動はまたしても「図書部」。
「放送部」をめぐる争いはハンドボール部以上でしたから。。。
まぁ「図書部」も面白かったです。


とにもかくにも私のハンドボールライフはこうしてスタートしたのでした。
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